時間の使い方

時間の使い方2~時間の停止から加速へ3つの秘訣

のサイトのコンテンツを読む度、
これまで私がいかにルールを教え込まれ、
それ以外は認めない社会や常識、人間関係などはめ込められ、
息苦しさにもがいていたかを実感させられます。

しかし、私はそれらが大多数の人が滞在する枠であって、
その支配から抜け出られないことではないことを知り、
私の人生の本来の軌道を築く手助けをしてくれました。

今回のコンテンツも実用的且つ、長いようで短い人生を、
私自身が決め、時間までも味方につける視点を持たせて頂きました。

” … 時間への概念が変わり、無駄な時間が消し飛ぶことで、
充実した人生を送れるようになります。”

” ただ気づくだけで変化を促せるような、
簡単なコツですので、ご安心ください。 ”

このコンテンツはこのような語り口で始まり、
日常の中に見出せなかった発想と在り方に心を躍らせました。
本当に変わりたいのなら、変化を起こしたいのなら、
まず「 知る 」ことの重大さに気づくことから始まるのですね。

” つまり、時間を時間と捉えるのではなく、
残された寿命と捉え方を変えるだけで、
時間の重要性に気が付くことができるわけです。 ”

” では、なぜ時間が存在しているのか? と言いますと、
時間とは、共通のルールとして存在しているだけです。 ”

時間の使い方のシリーズの2回目として、このコンテンツがあるわけですが、
前回のコンテンツですら、秒単位で人生を生きることを勧められていたので、
時間を寿命に捉えることを、すんなりと受け入れることができました。

私は幸い、病院にお世話になるような外傷を負った経験はありません。

しかし自分自身のことを除けば、
癌の発症や人工肛門を余儀なくされた親戚がいます。

同じ身体を持つ身として、また誰とも違わず時間を生きる者として、
「 寿命 」という言葉の重さとインパクトを感じざるを得ません。

私が肉体と時間を当たり前のように捉え、扱っている日常にこそ、
生きる上で気が付くべきことが沢山あることを再認識します。

生きとし生けるもの全てには器があり、
形のない流れは見えないだけで、摂理や法則は幾重も通い、
自らが気づき辿っていけば、秩序に導かれるのだと思います。

ただ人生を行き当たりばったりで、その場の対処に追われるだけでは、
この奴隷社会ともいえる社会構造に飲み込まれ、
自己実現どころではなくなってしまいます。

もう十分その思いは味わいましたし、
これから生まれてくる子どもたちには、
そんな思いをやすやすと受け継がせてはいけないと思うのです。

では実際人1人に何ができるのか、といえば、
やはり刻々と減っていく寿命の経過を、大切に生きることだと思います。

” つまり、確証バイアス( 先入観 ) が働くことで、
捉え方が人によって全く違ってくるので、… ”

” だからこそ、まずは、これまでの時間の使い方を変えるには、
これまでと違った捉え方をする必要がある、
と気づくだけでも、大きく時間の使い方が変えられるようになります。 ”

違いを認識することは、ただ違和感を感じることではなく、
実際にその立場になることや、その違いを活用することで叶うものだと思います。

人それぞれの生き様によって見る現実は違いますが、
共通のルールや普遍的な決まり事には、
盤上一致で納得できる解釈はあるにはあるけれど、
その前段階で決めつけが生じることについて改めて考えさせらました。

それが障害となり、集団意識や集団行動になるなら、
やはり大多数と違う選択をしなければ、自身の生き方は変わらないと思い至りました。

もちろん時計があること、時差を調整する万国共通の了解があることと併せて、
時間は自身で使い方を決められることを知ると、
時間の浪費が減るのではないかと考えます。

こういった時間への捉え方の変化が、全世界で同時に起こったら、
どんな世界になるだろうとも思いました。

” 「 私は今日までの命だ。明日死ぬ。今日は何をすべきだろう? 」 ”

「 必死に生きる 」度合いや目的は、人によって変わってくることは当然ですが、
この自身への問い掛けをする人が多ければ多い程、
自身のことに集中し、他者を貶めることは比較的に、いえ激減するのではないかと思います。

なぜなら明日命が尽きるのであれば、人の事よりも自身のことを優先させるはずだからです。

そういった世の中がいつ来ても来なくても、
この事実の重要性に気づいたなら、今日から意識を変えられるはずだと思います。

すると次第に願望や予定は厳選され、
集中すべきことや手を付けるべきこと、経験したいことが絞られ、
迷っている暇などなく生きている実感を得られるのではないかと思うのです。

” その直感は「 大体のところ当たっている 」ということです。 ”

” それはそうです。 ” 大体のところ ” ということで、絶対ではないのですから。”

※小休止 ⇒なぜ、自己暗示は危険なのか?

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時間の捉え方が変わりつつある時、
更に時間を使おうという発想に至る、この流れは至極当然の流れかと思います。

目の前の水を飲もうと手を伸ばす造作よりも、
思考、電気信号の伝達の方が何十倍も速いのですから、
時間自体をどう変えるかよりも、
時間の中で何をどう変えるかにフォーカスを当てることは、合理的で日常的だと感じます。

時間の感じ方自体が錯覚としたら、
それを感じる私自身の身に何があったか、が重要だと思います。

直感や閃き、インスピレーションの出どこはやはり、潜在意識なのですね。

ふとした瞬間、リラックスした状態や、
思考が止まった時に何の脈絡もなく捉えてしまう、気になって仕方がないその意識が、
現実に大体当たっているとすれば、潜在意識を活用しない手は無いです。

” 感情が判断を狂わせてしまうわけです。
とりわけ恐怖という感情は、
感情の中でも協力なパワーを持ってあなたに影響を与えています。 ”

” 『 いわれのない恐怖 』 ”

優しい人程、怒ったら怖いというような言い回しは、
感情がそれほど強力に作用し、
人の印象をガラリと変えてしまうことを捉えているように思います。

また負の感情は実に粘着質であり、強大で瞬発的な力を発揮します。

負の感情に飲み込まれたキャラクターが、
本来の生き方とは真逆の生き方をする様子は、
よく物語で描かれますし、その本質は誰もが持つ可能性だといえます。

そこにはっきりとした原因や対象がある時、
矛先を外に向け、一心不乱に突撃することができますが、
それが無くただ混乱し、自身をコントロールができなくなる時の感情こそが、
この「 いわれのない恐怖 」であり、根拠のない恐れなのですね。

私自身も冷静、客観的に考えれば、時間を置いてみれば、
そんなに心を乱すほどでもなかった、ということが数えきれない程あります。

冷静ではない、落ち着いていられない時程、
それが何なのかを分析することが大切なのだと改めて感じます。

実体の無い、むしろ最初から勘違いから起きた感情に振り回されていたのでは、
時間はいくらあっても足りないどころか、
人生という試合には休憩がないため、本当に勿体ないばかりですね。

” それは、恐怖をコントロールすることです。 ”

早速コンテンツ上に紹介されているレポートを読ませて頂きました。

そこには、人が考え、抱き得る恐怖がびっしりと書き並べられていました。
そもそも人間の心理は、細かく多くある物事を実にざっくりと表面化し、
自身が理解し管理するまで、感情は野放しなのだと考えさせられました。

心理について学べば学ぶ程、世の中が見え、自身への理解が深まります。

大切にノートに書き取り、いつでも見返せるようにしました。
多くの気づきを頂きまして、有難うございます。

このコンテンツの強いメッセージである「 残り寿命 」を考えた時、
見て見ぬふりを通り越して、当たり前だからこそ、
見えなくなってしまっている自身の状況を振り返り、
咄嗟に、いつこの肉体を離れるのか、を考えてしまいました。

私の大好きな漫画「 ジョジョの奇妙な冒険 」のラスボスの台詞で、
「 覚悟が絶望を吹き飛ばす 」というシーンが思い出されます。

未確定の未来に対し、不安や恐怖を抱くのは自由ですが、
その時の最大関心事を行うことも自由です。

その条件は誰もが生まれた瞬間から発動し、
地球での「 活動限界時間 」が刻々と減り続けている事実を前に、
私は今日1日をどのように過ごすかなんて、考えたこともありませんでした。

覚悟があるからこそ、1日を全うする言動が見受けられ、
その姿が自身だけでなく、他者にも多分に影響を与えることと思います。

ただ、生きることと死ぬことに恐怖する時、
その心理は本能的である時もあれば、脅迫観念であることもあるでしょう。

だからこそ、どこまでを自然の摂理に従い、どれほど自身で決められるのかを考えると、
人生の終幕はどうしたって、いつ訪れるかわからないのだから、
やるだけやろう、生きるだけ生きよう、それならやりたい分生きようと思えます。

時間の使い方を読みながら、
人生の生き方をこのコンテンツで学んでいる気がしてなりません。

脳の神経の伝達速度が、秒速120mで、太陽の公転速度はその倍だと聞いたことがあります。

実は、人間の脳の神経が宇宙規模だと解り、
人1人が小宇宙であり、絶大な力が有るということは、
まんざら勘違いでもなさそうだと思います。

宇宙には時間の概念はなく、人間が生きる上で合意した概念なのだと思い、
それなら人間らしく、また地球に住む宇宙人らしく時間を使いこなしていきたいと思い至りました。

地球で生を受けながら、宇宙の中にいることなど普段は考えませんが、
視点を拡げ角度を変えると、
見える現実や、時間の軌道さえも変わってしまうのだと気づきました。

本当に多くの気づきを頂き、有難うございます。

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