時間の使い方3ー時間を止める方法

時間の使い方の3回目として、今回は時間を止める方法をお伝えしてまいりましょう。 申し訳ございません。 今回はこちらの都合で短めにポイントだけ絞ってお伝えしますので 説明不足の点は応用してご活用くださいませ。

のコンテンツの題名が目に入った瞬間、
タロットの大アルカナのカードと、
漫画「 ジョジョの奇妙な冒険 」の特集能力 ( スタンド能力 ) を思い出しました。

時間の使い方を超えて、世界の支配を想起させるインパクトが、
「 時間を止める 」という言葉にあるように思います。

コンテンツを読み通すと、その思いはあながち間違いではなかったと考えます。

自身の自己管理の究極的なコントロールが、
時間と空間の支配に行き着き、
それは自身も他者も一時的にしろ、短期的にしろ支配することができるのですから。

今回は非日常的な時間の支配ではなく、
ごく当たり前に行われている時間と集中、視点の使い方を詳しく解説して頂き、
これは知っておいて実に生る内容だと思います。

時間を統べることは、
人生を思い通りに創造していくことと同義だといっても、言い過ぎではないと思うからです。

” … あくまでも変化を認識するための概念であり、
人によって違うということです。
なぜなら、人によって認識は違ってくるからです。 ”

これまで時間の使い方の第1回と2回を学び、
違いがあることが当たり前でありとともに、
そのことこそさえも真理は内包するのだと発見しました。
それが故に、本質を見出しづらいことも解りました。

時間の認識は人によって異なったまま、刻々と過ぎていきます。
今隣にいる人がどう感じ、考えているかは共有できても、
やはり永遠に他人事だということですね。

もちろん、時間と空間を共有していることは事実ですから、
このコンテンツを読む全ての人が、
時間に焦点を当てていることは間違いないと思います。

しかし、読んだ後にどれくらいの人が、
コンテンツ作成者の方と同じ認識で、時間の経過と感覚を捉えるのだろうか、
と疑問を持ちました。

そこに真偽や程度の差などは考えず、
ただ変化と状態の認識が違うことが、これ程大きな問題定義であることを、
忘れてはいけないと思うのです。

” これは、経験の蓄積と習慣化により刺激が年々少なくなり、
自動的に生活できるようになっていることを意味しています。 ”

” あまり考えていない ( 思考スピードが遅い )
ということが挙げられるかもしれません。”

昔は時間の感覚が早くなっていることを、
純粋さの喪失、なんて思ったりもしましたが、
コンテンツを読みながら意外に外れていることもないと思いました。

経験があること、躊躇なく行動できることは楽です。
考えずに習慣化していることにミスが生じることもありますが、
やはり初めて挑戦するよりかは、格段に処理スピードが違います。

意外な視点だと思ったのは、
楽しい時間が「 思考を使っていない 」状態、
つまり感情に身を委ねている割合が大きいことが、時間が加速しているように捉えられることです。

嫌いな授業を受けながら、好き科目の勉強をしていると、
意外に時間は早く過ぎていくのですから、
概念を認識することは、状況に大きく左右されるのだと思いました。

思考スピードが遅いことが、
理性よりも感情が優位な時の方が、時間が早くなることは、
気づけそうで気づいていなかった視点でした。

” 分かりやすくいえば、脳に刺激を与えること、ということですが、
一言でいえば…
新しいことへ挑戦することを繰り返す
ということになります。 ”

” 時間を遅くするためには、とにかくいつもと違う思考をする。 ”

まさに毎日がサバイバル、新社会人のような生活が時間を遅らせるような、
時間が伸びているような状況なのですね。

それを苦痛と取るか、やりがいがあると取るかは、
人によっても、状況によっても、はたまたその時の状態によっても異なりますね。

そういえば若々しくいるための秘訣として、
チャレンジ精神やハングリー精神、未知の体験をするなどが挙げられると思います。

それらを実行することで、
私は脳だけでなく、全身を使って時間を捉えているのかもしれないと思いました。

” いつもと違う環境に身を置き、( 適応させるために)
脳を意図的にフルスピード状態にすることです。 ”

人の適応力は不思議で、関心してもし切れないと考えて止みません。

いつまでも記憶力が良い、経験の引き出しが多い、
機転が効くなどはきっと努力と習慣の賜物だと思います。、

環境を変えながら経験値を上げていくことは、時間の使い方にまで影響を与えているのですね。

フルスピード状態でいなければならないというのは、
「 緊急事態 」や、いかに状況を解決できるか、新しい環境で何をすべきかといった、
次元は違えど「 意識の危険 」を想起させます。

なるほど、どこに行っても生きていける人は、
脳の使い方が違い、それに伴って時間管理と使い方が上手なのかもしれません。

” つまり、思考速度を超スピードまでアップしていった結果…
思考が止まる状態です。 ”

言われてみれば確かに、と納得したフレーズです。

思考が止まる状態、まさに頭が働かず息を吸うことすら忘れる状態が、
時間が止まった断片的な世界を体験しているわけですね。

思考を極限まで追い込んだ結果、
そこに思考が追いつかない程の瞬間的な経験、
それは脅威や感動、虚無、極度の喜びや悲しみなどがあるのでしょうか。

※小休止 ⇒なぜ、自己暗示は危険なのか?

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つまるところ、意図的にそのような状態に自身を持っていくことは、
十分可能であることを知り、息を飲みました。

それほどまでに集中できるもの、集中できる環境を作ることが本当に重要なのだと思います。

” 最初にお伝えしたように、時間というものがそもそも錯覚ということになります。 ”

” なぜなら、この錯覚( 正確にはゆがみ ) がなければ、
ただ力が分散して使いものにならなくなっている状態に過ぎないわけですから。 ”

確かに時間は存在せず、我々人間が意味づけ、
絶対のレールとして位置づけたのかもしれない、という考えに至りました。

バスや電車が1分でも遅れでもしたら、不満の嵐ですから、
世界に人間が集中できる起点があることは、秩序を作ることになるのですね。

無い物を作ることで、円滑に物事が進むように思えることも、
また錯覚なのかもしれないと思うと、この世は幻想だらけなのだと思えてなりません。

” もう少しだけわかりやすくいうなら、
真剣に命がけになるほど時間のスピードは遅くなる
ということになります。 ”

バンジージャンプは瞬間的な生命の危機を超えて、
時間の概念が吹き飛ぶ代表例ではないかと考え付きました。

私は未だ体験していませんが、
人見知りや引きこもりの人がバンジージャンプをして、
恐怖の根源である生命の危機を体験することで、
人生観が変わり日常が一変する、と聞くことが度々あります。

それを考えると、お笑い芸人の方々は色々なドッキリや恐怖体験をし、
肝が据わり、人前でパフォーマンスをすることは屁でもない、
それくらいでなければエンターテイメントは提供できないのかもしれない、
と感慨深く思いました。

” フォーカス ( 集中 ) することです。”

” 相手の思考を止める方法とは、
相手の思考を1点に集中させることです。 ”

” …1点集中した結果ピタッと調和した瞬間に 時間が止まる感覚になります。”

私はどちらの表現も大好きです。

まるでトンボが指先に停まる時、
トンボはどのような認識か知覚かはわかりませんが、
フォーカスが一致した感覚になったことがある人は、少なくないと思います。

それが調和であり、繋がりであり、
ライブやコンサートなどの一体感や、会話で起こる共感なども
このような時間の捉え方が普遍的に起こっているのですね。

” 何も考えず、いつも通りの日常を淡々と自動化して過ごすだけでいいのです。 “

” もしそれでも解決してくれそうもない場合には、何かに徹底的に打ち込むことです。
これは再構築することを意味しています。 ”

この2つの状態を考え眺める時、
良い悪いではない、ただの作用や働きとして、
遅いか早いか、都合が合うか合わないかのように、2極性に考えを巡らせてしまいます。

そもそも私は最初、どの立ち位置に居たのだろうかと考え、
生まれた瞬間にはどこにも属さず、
徐々に左右され、固定化が習慣化したのかもしれないと思いました。

やはり、人生は自分で決められるという結論に達し、
時間の使い方はやはり、人生の生き方だと感じました。

” 時は味方です。時を受け入れましょう。”

” 何事もコントロールできる ”

現実を受け入れる時、自身をあるがまま肯定する時、
概念や時空を超え、肉体を持ちながら自由を感じ、
現実を生きることができるのだと、勇気が湧いてきました。

物は考えよう、視点は捉えよう、味方は多い方がいいものですね。

” フォーカスしていないものは時間の経過とともに消え去る運命です。
フォーカスし続けているものは時間の経過とともに固定を継続されていきます。 ”

このフレーズには鳥肌が立ちました。

伝えなければ愛や感謝の念が伝わらないように、
見ないものは存在しなかったことになってしまいます。

時間の概念が在り続ける世界で、フォーカスする対象が無数に在り、
そこには選択権や決定権が有るはずです。

その繰り返しと積み重ねが、人生という時間を構築していくのだと、
大きな気づきになりました。

” あなたにはどんなことも選択できる権利を
生まれながらに持っていたということを思い出しました… ”

最後にこのような言葉で締めくくられると、
自然と微笑がこぼれ、誰もが皆同じ人間であり、
自由と意思を持って生まれてきたことに感動を覚えます。

これまでの様々な経験は、それを裏付け、
自身でそのことを忘れず、次の世代に受け継がせるべき真理なのではないかと思います。

自身の思考を止め、
知らない情報を取り入れる時、発見があり気づきがあるのは、
やはり生まれながらに表現の自由と、与える喜びがあるからだという考えに至りました。

今回時間の使い方と題して、
概念から実践的な時間の使い方と捉え方、
更には生命の誕生や宇宙規模、存在意義などにも思いを馳せることができました。

知らないことは無限にありますが、
1つでも多く知ることを増やしていくことで、
知性だけでなく心の保養、教養にもなると思います。

もちろんこれからは日常生活で、時間を敢えて感じる時間を取り、
特定の時と場所、場面で、自身の力を発揮するために時間を味方につけ、
潜在能力も開花させていきたいと思います。

数々の知恵と気づきを頂きまして、本当に有難うございます。

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