最終更新:2024年10月11日
ブログという言葉は、いつ頃から耳にするようになったのでしょうか?
ブログは日本では2002年ごろから急速に普及し始めたようですね。
ここでは、このブログについて、独自の視点で要点を絞って取り上げてみたいと思います。
ブログとは?
ブログとは、そもそも何なのでしょうか?
これだけ普及したブログですが、その本来の意味を知っている人はどれくらいいるのでしょうか。
別にそんな事は知らなくても、簡単に情報発信できるので問題は全くないのですが、
せっかくですから、ブログの意味からお伝えしてまいりましょう。
ブログはWeblog(ウェブログ)の略称で生まれた言葉です。ということでログの集まりであり、それは記録ということになります。
その記録を見て、何らかの気付きや学び、解決法、言葉の意味などを得ようと思う人は多いといえるでしょう。
もちろん、私自身、参考にさせていただくことも多々あるわけです。
ブログの登場で簡単に情報が発信できるようなったことで、
サイト制作に詳しくない人でも、専門的な情報をまとめたり、発信できるようになりました。
ここでは、もう少し掘り下げて見てみることにします。
記録とは、言い換えると情報を置くということで、それを見に来る場所に置くということは、
一言でいえば情報発信している媒体としてブログがあげられるわけです。
そして、その情報を受信、つまりブログを読むことで、
脳に知識をインプットし増やす事は、選択肢を増やし自由度を高めることになります。
これはもちろん、ブログだけではなく、新聞や書籍、TVや映画、参考者を含め、全ての情報受信において共通しています。
つまり『知識を増やし、選択肢を増やすことで、自由度を広げる』ということです。
しかし,ここで1つだけ気をつけなければいけないことがあります。
それは、情報を受信するだけでは、知識は増えるけれど、直接、自由度を広げる事には繋がらない、ということです。
ブログの活用法とは?
ブログだけではありませんが、インターネットで情報を受信をする際の活用法を添えておきます。
先ほど、情報は選択肢を増やすという事をお伝えしました。
自由度を広げるには、大切なもう1つの過程が必要だといえます。
それは「学び」です。
学びが知恵に変わり、そこで始めて選択肢を増やす事ができるわけです。
そうでないと、ただ単にブログなどで知識を得るだけでは、脳の記録が増えるだけで、
返って混乱を招きオーバーヒートを起こしかねないことになってしいまいかねません。
どちらにしても、各自の解釈というフィルターに通されるわけですが、
その際に、前提として自分自身に役立てることを前提として取り入れていくことがポイントです。
つまり、応用となるのですが、ここで好き嫌いや納得できるできないで判断してしまうと、
情報発信者のスキルに左右されてしまうことになります。
そうすると、どうなるのでしょうか?
嫌い納得できない情報はスルーし、好き或いは納得できるものは発信者のスキルが高い場合、
コントロールされてしまうことになりかねないわけです。
では、どうすればいいのか?
潜在意識の観点からいえば、情報は料理でいう素材となります。
その目的を持ってその素材を使うことで、調理を行うことができるわけです。
結論をいうなら、情報受信者から受けた情報を、更に味のある情報としてオリジナリティを加え調理する、という発信者としての心構えを持つ事で、より深く浸透していくでしょう。
なぜなら、ただ受け取るだけという状態と、より良い情報として発信していく心構えで受け取ることは、入り込み方が全く違ってくるからです。
それともう1つ付け加えるならば、情報を活かすも殺すも自分次第であり、活かすには信念を通すことが近道となります。
例えば、自身がグルと思っている心の奥底からリスペクトしている人からの話しなら、一文一句を逃さない、という心構えで聞くでしょう。
そうすると、意識付けできるので、コントロールできるようになり、自分の血と肉にできるわけです。
しかし、ただ何となくだと、いつの間にかその情報は自分自身の細胞に溶け込んでしまうので、そのことによりコントロール出来ない形として染み付いてしまいます。
そうすると、行き着く先は、運命に支配された状態となるわけです。
※ここはとてもとくに重要な部分です。