最終更新:2024年10月11日
1.解釈
A子は、深く悩んでいた。
超が付くほどのマイナス思考だったのだ。
A子は、そんな自分に嫌気がさしていた。
そんなある日の事、自分の人生について「このままではいけない」と思い、何とか変えたい一心で、敏腕で有名なカウンセラーが主催する「前向きに生きるためのセミナー」という、自己啓発セミナーを受けることにした。
参加すると、そこでは素晴らしい名言を使った前向きに生きるためのアドバイスで溢れていた。
A子は「流石だわ」と感心し、みるみる内に生きるための勇気が湧き出て、自分が前向きに変わっていくことを感じた。
ただ、一つだけ変わっていた。
何が変わっていたのか?
それは、参加者の雰囲気だった。
A子は、それをどう表現していいのか分からなかった。
皆、親切そうな雰囲気を持っていたし、どちらかといえば好感度を持てる人ばかりだった。だからこそ、なぜ、このセミナーを受ける必要があるのか?がA子には理解出来なかった。
そこで、仲が良くなった一人に、それとなく聞いてみた。
「セミナーどうだった?あなたには必要なかったんじゃない?」
すると、その相手は答えた。
「とんでもない。素晴らしいセミナーだった。
このままでは自分を見失うところだった。
これでやっと本来の自分自身を取り戻せそうだ。前向きに自信を持って行動できるよ。
セミナーで紹介された孔子の『自分がして欲しくないことを、人にするべきではない』この言葉には深い感動を覚えたよ。これこそが真の道徳であり、人として何よりも大切にすべき教えだと痛感したんだ。
確かに、誰もが否定されたり、厳しく罰せられることには抵抗を感じる。
だからね、人はそのように他人を罰するべきではないんだよ。
罰されることを恐れずに済めば、みんなもっと自由に生きていけるからね。」
A子はその言葉を聞いて
「あれ?何かおかしいな?」と思えた。
その場では特に気にせず、セミナーが終わって家に帰った。
帰った後、セミナーのパンフレットを読み返してみた時、小さい文字で書かれてあるキャッチフレーズを読んでぎょっとした。
「シリアルキラーのための」と書いてあったのだ。
タイトルには「前向きに生きるためのセミナー」と大きな字で書かれていたのだった。
シリアルキラーにとっては、前向きに生きることは人を殺めることになる。
A子はどんなに素晴らしい教えを学んだとしても解釈次第で恐ろしいことになることを知って、学ぶことに意味はあるのだろうか?と疑問を感じざるを得なくなってしまったのだった。
A子は思った。
自己啓発セミナーを受講したシリアルキラーが、ますます自信をつけていったとしたら、どうなるのだろうかと。
どんなに素晴らしい教えでも、受け手が自分の都合のよい解釈ばかりをしたら、結局のところ意味はなくなるし、それどころか、ますますひどい結果を招くことになるのではないかと。
補足
「シリアルキラー(殺害行為を主体的に行う犯罪者)のための」と書いてあるセミナーなど、現実的にあるわけがないといえるだろう。
とはいえ、主にシリアルキラーの犯罪を主に担当していた元FBI捜査官の書籍に書かれていた内容には、脳(思考)の構造が違うため、一般的なカウンセリングでは、意味がないどころか、かえって酷くなる傾向があるようだ。
その理由は「全てを、殺すための動機づけとして自己解釈してしまう」とのこと。
であるなら、素晴らしい自己啓発セミナーほど、勇気づけられ、行動を誘発する要因としてのみ機能してしまうのかもしれない。
広義に解釈すれば、どんなに優れた教えであったとしても、本人の解釈次第という見方もできるのではないだろうか。
次は..2.夢
感想
この短編小説は、自己啓発の危険性について深く考えさせられる作品です。どんなに素晴らしい教えでも、それを受け取る側の解釈次第で恐ろしい結果を招く可能性があることを示しています。特に、意図しない受け取り方がどれほど危険かを警告している点が印象的です。誤った解釈が、まさに「正しい道」を踏み外させることになりかねないという恐怖を強く感じさせられました。