95.高額
A子は「できるだけ高い物」を買うように気をつけていた。
なぜなら「安物買いの銭失い」を信じていたからである。
A子はバーゲンセールを見ると、逆に腹立たしくなるほどだった。
もちろん高ければそれだけで買うというわけではなかった。
A子は、直ぐに買えないからこそ、じっくり考えるようにしていたのだ。
そして、その時間に至福のひとときを感じていた。
考えている最中に、購入するまで必要性を感じなくなることもあるし、他の物が欲しくなるなど、買わない事も珍しくなかった。
それでも欲しくなり購入した際には、じっくりと楽しむことができたので、これまでの購入で、殆ど後悔したことはなかった。
持ち物については、数は少なかったが、そのどれにも愛着を感じられることで長く愛用していたのだった。
そんなある日の事、偶然、一杯一万円の珈琲を飲む機会に恵まれた。
A子は珈琲が好きで、毎日飲むのが習慣になっていた。
A子は考えた。
「一杯一万円なんて、とても考えられないわ。でも、どれほど美味しいのかしら」
どうやら、有名人もオススメの珈琲通のための珈琲らしい。
A子は考えに考えたあげく、いい経験だと思い、試しに飲んでみることにした。
A子は、一口一口をじっくり舌で転がし珈琲を味わいながら三十分ほどかけて飲んだ。
「まぁ、なんて美味しいのでしょう」
すると飲み終わった後、芸能人がカメラマンなどのスタッフとともに、そのお店に入ってきた。
「ドッキリでした。その珈琲はその辺にある百円の珈琲ですよ。
どうです。それを聞いても美味しいと思いますか?」
A子はたいして驚きもせず、毅然とした態度で答えた。
「もちろん美味しかったですよ。おかげで高いお金を払った分、じっくり味わえたわ。
とても百円の珈琲とは思えない。美味しい珈琲をありがとうございました。」
A子にとっては、時間をかけて味わった分、自然に美味しさも倍増して感じることができたのだった。
何せいつも飲む珈琲は、習慣になっていたため、殆ど数分で飲み干していたのだから。
もちろん、テレビ番組でA子のシーンはボツになったのは言うまでもない。
補足
自分が払った金額によって、料理や飲物の美味しさが変わって感じることが、スタンフォード大学のダグラス・マッコーネルの実験によって明らかになっている。
とはいえ、それは単に「価格が高いから美味しく感じられる」といった程度で捉え「なぜ、高いと美味しく感じるのか?」という原因までは明かされていない。
もしかすると高くて手に入りにくい分「じっくりと味わっている」ということが原因なのかもしれない。
であるなら、金額が高い安いに関わらず「じっくり味わうことで、価値を上げられる」という見方もできるといえるだろう。
もちろんお金の価値を無視できればの話だが..
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