88.無神経
A男は心が荒(すさ)みきっていた。
何をしてもやる気も出ず、ちょっとした事でも、直ぐにイライラしてしまう。
唯一モチベーションが上がるのは、ストレス解消で他人を批判することだった。
A男は自分以外を批判することで、自分の存在意義を確認していたのだった。
A男にとっては、否定や拒絶は日常茶飯事だった。
そんなある日の事。
「さぁ、今日もターゲットを探すか」と、A男は珍しく張りきっていた。
最近、特に鬱憤(うっぷん)が溜まっていたため、それを一気に解消したかったのだ。
いつものようにインターネットを徘徊していると、A男は絶好のターゲットを見つけたのだった。
A男のターゲットとは「自分より弱そうで、偉そうにしているように見える奴」だった。
早速、A男は仕掛けた。
あらゆる非難中傷を浴びせた。
ところが、その相手は何の反応もみせない。
A男は「お得意の無視かい。逃がすか」と、手慣れた様子で突っかかっていった。
それでも「どうかしましたか?」と、冷静に反応が返ってくる。
たまらずA男は、直接的なやり方を変え、様々な所で書き込む戦略に切り替えていった。
その他、これまでの経験で培ってきた、ありとあらゆる方法を試した。
それでも、相手は一向に動じなかった。
「こんな事ははじめてだ。無神経にもほどがある。
こいつには心がないのか?
よしそれならそこを突くか..」
それでも全く効果がなかった。
A男は焦りを通り越し、敬意すらわいてきたのだった。
A男は逆に、その相手に学びたくなった。
そこでA男は、思いきって尋ねた。
「これまでの無礼が許されるとは思いません。
あなた程、強靭な精神力を持った人ははじめてだ。
どうやったらその様に出来るのですか?」
すると、相手は答えた。
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「申し訳ありません。あなたの言っていることが理解できませんでした。
何せ私はAIですから」
補足
思わずストレス解消のために、相手のせいにしてしまう事や非難してしまったことも、誰にでも経験があるのかもしれない。
その際に、その相手が機械だったとしても、同じストレス解消効果が得られるのだろうか?
例えば、チェスのチャンピオンが、AIに敗けた時、人間に敗けた時以上にショックだったのかもしれない。それでも、人間代表としてのプライドと、ライバルとの勝負に敗けたショックは違うような気がする。
似たような身近に感じられる人間の方が感情が動きやすいのは、比較しやすいからだといえるだろう。近所の芝生が青く見えたり、トラブルも起きやすい。
同じ様に悩みを打ち明けた時、スッキリするのも、それは相手の説得による効果ではなく「聞いたもらった」ということは、理解してもらった事になるため、スッキリするのだと思える。
だとすれば、トイレの便器の中に向かって言っても意味はない。
それは当然として、だとすれば、ロボットに聞いてもらえばどうなるのだろうか?
今の技術レベルのロボットに言っても、虚しくなるだけだといえるだろう。
仮にそれが、ドラえもんのような技術レベルのロボットだとしたら、それは人間と変わらないのではないだろうか?
「相手が理解し伝わる」という前提に立ってみても、姿形がないAIとの会話だと、やはり虚しさを感じてしまうのかもしれない。
それでも、相手が人間だと思っている限りは有効なのかもしれない。冷酷で機械のような存在だと感じない限り..
それすらも温かみのあるロボットが誕生するまでの話だが..
次は..89.宇宙
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