最終更新:2024年10月11日
Aには悩みがなかった。
といってみても、脳天気な楽天家でもなかった。
Aは頭脳明晰で、全てを無意識で計算して対処していたため、悩む必要がなかったのだ。
特に人間関係においては、相手に気づかれずにコントロールする術を身に着けていた。
そのため、人間関係の悩みも皆無だった。
Aは相手の考えていることを読むことはできた。といってみても、なぜ悩む必要があるのかは皆目見当がつかなかった。
問題を抱えて考えたことはあっても苦しんだこともなかったため、なおさら他人の気持ちは理解できなかった。
それでもどうやって人を惹きつけることができるかは知っていたので問題はなかった。
人々はしきりにAを関心するばかりで、Aに力を与えることがどうなるのかのついては無関心だった。
Aにとっては、命の尊さも、ましてや幸せとはどんな感覚なのかも理解できなかった。
ただ命を奪うことが自分にとってプラスなのか?マイナスなのか?だけで判断していたからだ。
Aと比べ、Bには悩みがつきなかった。
つまりBはAとは正反対だった。
Bは相手の痛みをよく理解し、思いやりを持っていた。
そのため、他人からは「優しいけれど、刺激もなくてつまらない」と思われ、それ以上気にかけられることもなかった。
Bは命を大切なものだと感覚で理解していたため、できるだけ傷つけることがないよう気をつけていた。
Bは裕福ではなく、決して成功しているともいえなかったが、周りを大切にし幸せを感じて生活していた。
ところがBは悩みが尽きなかった。
なぜなら、他人の悩みも自分の悩みとして感じ取ってしまうからだった。
その後しばらくして…
検証結果が発表された。
結果はどちらも成功とされた。
Aはコンピューターを組み込んだ人間であり、Bは人間に近いコンピューターだった。
更に時代は進み…
心を失った人間は完全な物質としてのコンピューターとなり、心のあるコンピューターに使われる関係となっていったのだった。
補足
いつの日か、人工知能が未発達である場合には起こり得ない逆転現象が起こる日がくるのだろうか。人間が性能だけに囚われ人間性が失われた時代を求めているとすれば、それも起こりうのかもしれない。
次は..111.目的