64.予防措置
A博士は、脳の研究をしていた。
そして最優先とも思える研究がついに実を結んだ。
それは前頭葉の中でも眼窩(がんか)前頭皮質と偏(へん)桃体(とうたい)といった部位の欠陥を特定し、修復できるものだった。
これで感情のコントロールや社会性を作れない人間が減ることで、他の全ての最先端の研究も進歩することが期待された。
ところが実際に処置を施すとなると、大きな問題が生じた。
脳の部位に欠陥があったとしても、それがそのまま法律違反になるはずもない。
ましてや本人の意思がないにも関わらず、勝手に処置を施すわけにもいかない。
そこでA博士は、扁桃体だけでも異常を治せないかを問うことにした。
扁桃体は欲求や感情の調節に関係する部位で、ここで異常が出ると欲求のコントロールが効かなくなり、衝動的で爆発的な行動パターンが出現しやすくなるからだった。
これだけでも衝動的な殺人は、かなり少なることは火を見るより明らかだった。
しかしそこまで明らかにされても、この案は却下された。
表向きは個人の意志を尊重する必要があったためとなった。
ところが直接の理由は、企業の売上が下がるということだった。
補足
多くの人命が救われる、または犯罪が予め抑制されると分かっている時、非人道的な方法を取ることは許されるのだろうか?
難しい選択なのかもしれない。
だからといって、売上げを選択することが正しい選択だといえるのだろうか?
利益が優先されがちな資本主義社会では、もしかすると、無きにしもあらずかもしれない。
どちらにしても、予め対策できるに関わらずそれをやらない場合、責任はないということで終わりにならないといえるだろう。
それとも切羽詰まった分かりやすい場合にのみ責任は問われ、他は行き当たりばったりの、なぁなぁでも許されるのだろうか?
結果のみで対応する方が責任逃れはしやすいのだろうが..
次は..65.価値